『わたしはマララ』
こたつの中で温まりすぎて、マットで伸びている、なな
体脂肪率も高そうだから、こたつに入らなくても、温かいかも・・
貞治は、ひとりでこたつの中
暗いこたつの中は、まったり落ち着く寝場所かな?
黒豆は、こたつの上のクッション
両足を抱え込み、全身で、丸を作ってる
こんな寝方をするのは、黒豆だけ
ななは、お腹の脂肪がじゃまして、抱え込めないかも・・
今日は、『わたしはマララ』というドキュメンタリー映画を見に行ってきました。本を読み、内容は知っていましたが、映像で見ると、ぐっと現実的に迫ってきます。
アフガニスタンの英雄的な少女マラライに因み、勇敢という意味をもつマララという名前をつけられたそうです。マラライは銃弾に倒れ、マララもタリバンに銃撃されます。教育を受けたいという当然の権利も否定され、命も奪われかけたにも関わらず、マララは全くひるむことなく、ときにナイジェリアへ行き、ボコハラムに連れ去られた少女たちの救出を訴え、ときにヨルダンへ行き、シリアから逃れてきた難民の子どもたちに寄り添います。
弟をからかったり、家族とトランプをしているときは、普通の少女なのに、彼女のどこに、この強固な意志が備わっているのか?表には出さないだけで、葛藤や不安でいっぱいなのか?
マララと名付け、銃撃される遠因を作ったと自分を責めるお父さんや、故郷パキスタンを思うお母さんの姿。平和な日本では考えられない不条理の数々。
”One child,one teacher,one pen end one book can change the world"
という国連での有名な演説がありますが、彼女の願いが実現することを、強く祈りたいと思います。